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【台湾】澎湖713事件から70年|1949年7月13日ポンフーの白色テロ

【台湾】澎湖713事件から70年|1949年7月13日ポンフーの白色テロ

澎湖713事件は、台湾の離島「澎湖島(ポンフーダオ)」で70年前に起きた悲惨な出来事。「外省人の228事件」とも呼ばれ、中国の山東省から亡命してきた多くの学生たちが犠牲になったといわれています。

 

現在の澎湖は、日本でいう沖縄のような場所で台湾人のリゾート地。台湾人・中国人の団体観光客もたくさん訪れています。

リゾート地といっても良い意味で全然リゾート感のないところだと思います。観光業のためのカジノ計画もありましたが、2回の住民投票で否決されて頓挫しました。

 

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おしゃべり好きな澎湖の人と話していても、澎湖713事件の話題になったことは一度もありません。

 

そもそも当時のことを知る人に会う機会は、澎湖で日常を過ごしているだけではゼロです。過去の話とはいえ台湾の政治的な話につながるため、とても気軽に話せることではないからです。

2019年でちょうど70年という節目なので、知っていたことや新しく知ったことをまとめておきたいと思いました。

 

知られざる澎湖の白いテロ

国立澎湖科技大学の林寶安教授は「2016年初めまでは、まるで別の星の話のように全く聞いたこともなかった」と記述しています。

 

林寶安教授は、澎湖713事件についての書籍の著者でもあります。

台湾での白色テロ(反政府勢力の弾圧)は1949年から1987年に戒厳令が解除されるまで続き、それまではこの話題に触れることもタブーだったでしょうから…。

 

2007年に澎湖713事件の記念碑をつくる提案がなされたとき澎湖県政府は反対し、当時の澎湖県長、王乾発知事(国民党籍)も「この事件を聞いたことがない」と発言しました。

 

今はニュース記事でも取り上げられていますが、当初は澎湖県政府としてもあまり表に出て欲しくない過去だったのかもしれません。

 

林寶安教授は、「隠されたとしても一時的なものにしかならない。多くの痕跡は心ある人に見つけられ、また新たに認識される日が来るだろう」と記しています。

 

「白色恐怖」をテーマにした台湾のノベルゲーム

2016年に「她和他和她的澎湖灣 (彼女と彼と彼女の澎湖湾)」という歴史ビジュアルノベルゲームが制作されているという情報をたまたま見かけ、そこから澎湖713事件のことを知りました。

ほかにも228事件をテーマにした「雨港基隆」などが制作されています。

 

両方ともにプレイしたことはありませんが、可愛い女の子たちがヒロインとして登場し、特に澎湖はOP曲も超ノリノリなのに、まさかこんなにも重いテーマで作られているとは…。

 

「她和他和她的澎湖灣 (彼女と彼と彼女の澎湖湾)」の日本版は、2019年にリリースされる予定ですが、更新情報も止まっているのでまた延期になるかもしれません。

 

澎湖713事件を箇条書きでまとめる

ポイント

  • 1949年7月13日澎湖で発生した軍事冤罪事件
  • 甚大な被害をもたらした
  • 白色テロの時代に最も多くの人がかかわった政治事件

  • 「外省人の228事件」とも言われている

 

背景①

  • 山東省亡命学生、8校計5千人超(7校計8千人とも)が煙台連合中学校の校長『張敏之』の指導のもとに澎湖に到着
  • 「澎湖防衛司令部子弟学校」設立

 

背景②

  • 同時期、39師団長『韓鳳儀』は部隊を率いて澎湖に駐屯、自身の勢力が弱いことを心配していた
  • 39師団長『韓鳳儀』は、澎湖防衛司令部の『李振清』司令官(当時の"澎湖王"の別名あり)を妬んでいた
  • 39師政戦官『陳復生』と密謀し、『李振清』司令官を陥れることに

 

背景③

  • 『韓鳳儀』が率いる39師団の士卒は数が少なく兵源の確保が難しかった
  • この機会に乗じて亡命学生に入隊を強制、同時に虐待し、『李振清』司令官に罪をなすりつけ憎み合うように仕向けた
  • 『李振清』司令官も亡命学生を澎湖防衛司令部の警備隊に入隊させることを望んでいた
  • 亡命学生の多くは軍隊へ入ることに抵抗し衝突

 

当日(1949年7月13日朝)

  • 39師団長『韓鳳儀』は大部分の亡命学生を澎湖防衛司令部グラウンドに集合させた
  • 身長が銃を超える学生は全員、部隊に入隊させられた
  • グラウンドで流血事件を招いた

 

澎湖713事件発生後

  • 軍はスパイを逮捕するという名目で、多くの人を逮捕・拘束し秘密裏に裁判を行い、『張敏之』校長など多くの人を処刑した
  • 被害者は109名、この事件による行方不明者は300人近くいるともされる
  • 事件後、『張敏之』校長、鄒鑑と5人の学生(劉永祥・譚茂基・明同楽・張世能・王光耀)はスパイとして台北馬場町で銃殺された
  • その他、生徒2名が獄中で亡くなった

 

上記の過程が「澎湖713事件」と呼ばれている。

 

さいごに

台湾の白色テロは、228事件のように本省人に起きた悲惨な歴史というだけではないと知りました。しかも中学生なんてまだほんの子どもなのに…。

このとき、入隊した学生の中でそのまま軍に残り、後に昇進した方が数名いたようです。

 

歴史関係の中国語の文章は理解するのが難しかった。完全にはまとめることができなかったので、228事件のことも含めて追記したいと思います。

 

2008年澎湖の観光スポットのひとつの観音亭に「七一三澎湖事件紀念碑」が設立されました。知る人は少なく、特別ここへ行こうと探さないと辿り着けないくらい目立たないビーチの角にひっそりと佇んでいます。

 

 ● 現在の澎湖についてまとめ